剱岳本峰から北方稜線の三ノ窓に至る北西面にある池ノ谷は、いつしか憧れの谷となっていた。
「行けぬ谷」といわれ、なまったのが「池ノ谷(いけのたん)」と呼ばれるようになったと日本登山体系に記載されている。それだけでもちょっと怖い!と思わせるが、いくつかの記録を読むうちに、小窓尾根を乗越して三ノ窓まで行ってみたいという気持ちが強くなっていた。
三ノ窓まで行くなら小窓ノ王も登りたい。
小窓ノ王は、私の尊敬する南川金一さんも登っていて、もちろん登山道はない。行くしかない!
その時がいよいよやってきた。
天気、行程すべてが整い、ちょっと早めに夏休みをもらい8月11日から13日の予定で早朝出発した。
8月11日。天気は約束されている。
馬場島から白萩川を遡行。白萩川はこれで4度目だ。大好きな川である。タカノスワリのゴルジュを高巻いて白萩川に再び降りる。
雷岩のところから小窓尾根に取り付き小窓尾根乗越から一気に池ノ谷に下った。のはいいが・・・なんと、小窓尾根乗越までの急登といったら!これには参った。フィックスロープが残されていたので、有難く使わせてもらった。
池ノ谷に踏み入れた時の緊張感。
いよいよ「行けぬ谷」か・・と思いながらの遡行は、大岩が立ちふさがったりして結構クライミング技術が必要である。
遡行を始めて約1時間、偶然にも素晴らしいテン場が見つかった。大岩の下で、大岩にはふるいハーケンやリングボルトが残されていた。そして焚火の後。みんなここで1晩を過ごし翌日に稜線に登りあげているんだ。
快適な一晩を過ごすことが出来た。
8月12日も晴天。
剱尾根を挟む二俣に到着。予定通り左俣を進むが、雪渓がズタズタで一足一足が慎重になる。
やがてガレ場になり、ここは岩雪崩を注意しなくてはならない。下には誰もいないが、落石と一緒に岩雪崩が起き巻き込まれたら大変だ。長く続くガレ場も緊張であった。
三ノ窓か近づくと草付に変わり、やがてカタパルトの登山道に飛び出した。
まもなくテン場となる三ノ窓に到着。すでに別ルートから来たクライマーのテントが二張りあった。翌日チンネの左稜をやるとのこと。これも憧れである。チンネからは登攀中のクライマーの声が響いていた。
早速に小窓の王の登攀の準備。
といっても補助ロープだけをサブザックに入れルートを研究。南から東面に回り込みルンゼを利用して高度を稼いだ。途中ハエマツが現れ、これを越えたら小窓ノ王のピークに立てた。
ここに南川さんも立ったのだと思うと、すごく嬉しくなった。
三ノ窓のテン場から見下ろす池ノ谷は幽閉な感じで、登ってくるにはいいが、とても下る気にはなれないような雰囲気の谷であった。
そんな池ノ谷を見下ろしながら、二晩目が静かに過ぎて行った。
8月13日。今日も天気は快晴。
気持ちよくテン場を後にする。
三ノ窓から剱岳をめざし北方稜線を行く。そして前回に取りこぼした長次郎ノ頭のピークを踏み、更には剱尾根ノ頭の基部まで頑張った。さすが剱尾根ノ頭は登れなかった。岩がもろく手を掛けるとボロボロ崩れるのだ。やめて正解。
多くの登山者でにぎわう剱岳の山頂を踏んで、早月尾根を一気に馬場島まで下った。まあ~途中の早月小屋で飲んだビールの力は大きかったけれどね。
左岸に雷岩が見えてきた。この岩の裏から小窓尾根に取り付くのだ。
小窓尾根乗越から池ノ谷を見下ろす。正面は剱尾根と池ノ谷の右俣。
8月12日。素晴らしい朝がやってきた。これから登りあげていく池ノ谷。
左俣を進むと、やがて池ノ谷尾根で右俣と左俣に分かれる。左俣に進むのだ。写真は池ノ谷尾根。
三ノ窓に到着。三ノ窓からの後立山連邦。右から爺ヶ岳、正面に鹿島槍ヶ岳、左に五竜岳。
下から見上げた小窓ノ王。登攀は素晴らしかった。南川さんと同じ場所に立てたことがとても嬉しい。
そしてジャンダルムとチンネ。ジャンダルムにはレリーフがはめられている。
夕日が沈む中、クライマーがまだ取り付いているチンネの左稜線。