イースター島3日目

 2024年12月27日

 イースター島での時間がゆっくりと過ぎていく。何より夜ぐっすりと眠ることができ、さわやかな朝を迎えられることが嬉しい。

 今日は、個人で契約したガイドと昨日のダライバーでいくつかの遺跡を回る予定だ。ほぼ時間通りに迎えに来てくれた。

 まずはプナ・パウへ。プナ・パウはプカオの切り出し場所で、赤色凝灰石が使われたプカオがモアイの頭の上に載っている。プナ・パウからその赤色凝灰石のプカオを切り出され運ばれた。

赤色凝灰石がころがっているプナ・パウ。広々としていて気持ちがいい。

正面の山の向こうに3つのキリスト教の十字架がたっている。当初の予定はその十字架まで行く予定だったが、するとほかの予定を変更せざるを得ないようで、それは諦めた。

次に向かったのはアフ・アキビ。海を見つめる7体のモアイがたっているところ。

 モアイたちが見つめる方向は、春分と秋分の日没の方向。天文学的なことも考えて立てられた。ロマンがある。

7体のモアイ。何を考えて立っているんだろう。

モアイたちが見つめる海。

モアイたちの後ろ姿。

きれいな花の生け垣に囲まれている。

アナ・テ・パフ

 島にある洞窟一つで、洞窟にたまった土で食用になる植物を育てていた場所。

検問所(?)から広々としたところを歩いていく。

途中に、住居のブロックが残されており、ブロックには柱を立てた穴があった。

ここからアナ・テ・パフ区域に入るらしい。

アナ・テ・パフは、確認されているだけでも910mある。この洞窟の中に入ってみた。狭い入り口から背をかがめて入り込む。

洞窟の入り口。洞窟は右のほうに続いている。

天井が抜けるところがあり、そこではタロイモやアボカドが生育していた。

 さらに奥へ進んでいくと水が出てきて、「この水を飲んでごらん」と勧められこわごわと手に救った水を口に含んだ。やわらかい水だった。貯水池になっていることから、ここで生活していた時もあったと思われている。

貯水池の水を飲んだ。

複雑に入り組んでいる、遠くにまた光が見えだした。

アナ・テ・パフで生活を営んでいた人たちにとってのこの光は大切だっただろう。

2番目の場所のアナ・ケンガの関所。ここで入場券とパスポートを提示する。

しばらく歩いて標識あり。

約2キロぐらい歩いて、素晴らしい海外に出た。この海の青さに感激。

もう少し進むと荒い波が岩にかかり滝のように水が落ちている光景に見入ってしまった。

木像のモアイがいた。

振り返ると岩に大きな穴が開いているように見える。それにしても初めての光景にテンションが上がる。

 少し戻ってアナ・ケンガに。アナは洞窟の意味で、この穴から洞窟に入り込むと海岸まで出られるようになっているとのことだった。小さな入り口で、一人ずつ後ろ向きで入っていく。どうなっているんだろう。ワクワクだ。

アナ・ケンガの入り口は狭い。

 洞窟中からは2か所海に出られる穴ができている。

一つ目の穴が見えてきた。

一つ目の穴を目指して海まで行ったら、そこは断崖絶壁。でもでも素晴らしい、ここでしか出会うことの出来ない風景と、波の音と、風を感じることができて感動。

この穴から、先ほど行った木製のモアイ像が見えた。ということはあそこから振り返って見えた穴がここなんだ、今立っているところなんだ。なんかすごく楽しくなる。

二つ目の穴。

二つ目の穴から出られるところまで。足元に気を付けてしばらく海を見ていた。

 洞窟の中を歩き、穴から断崖絶壁をみて興奮してしまった。

 これで目的のアナ・ケンガは終わり。来た時となんとなく違う感じがするルートを歩いていく。しばらくすると、もう一つ穴があって、ここも洞窟となっているとのこと。

ここがアナ・テ・ポラというところ。先ほどよりもっと狭い入り口を降りていくのだ。

そんなに長くはないが、洞窟の探検は面白い。少し進むとまた光が見えた。

 これは洞窟の中にあるプラットホーム。台座だ。ということは昔はここにモアイ像があったことを指名しているとのことであった。

台座が残されている。

穴から地上に出ることができた。

帰りのルートに生育していた。この木の実は、糸でつないでネックレスになるという。同じようなものをボリビアのチキトスでもらったことを思い出す。

帰りに特別コースで連れてきてもらった場所。ここはハンセン病患者の墓地となっている。

墓地のすぐそばに咲いていた。