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Uさんが亡くなった。86歳だった。 Uさんは妹のMさんとずっと二人暮らしをしてきた。仲良しの姉妹であった。こうも同じ考え方を持つことができるのか、と思わせるぐらいに一心同体だった。
私が17歳のころ、はじめて教会へ足を運んだ時に出会った姉妹である。 その時から、母のような存在だった。 一緒に日曜学校で子供たちを相手に過ごすことが楽しみだった。UさんもMさんも日曜学校の先生。そして私も一応日曜学校の先生だった。 東京での生活をきっかけに日曜学校の先生からは遠のいたが、UさんもMさんもずっと私を見守ってくれていた。 家庭を持ってからも、ずっと我が家と関わってくれた。
Uさんの遺影はきれいな花でいっぱい飾られていた。 Mさんはいつもと変わらず明るい声で出迎えてくれたが、ずっと一緒だった姉を失った悲しみをそっと押させているようだった。
「すべてを受け入れ、その時を待つようになった。そして姉にとって一番いいときに、神様のもとへ行ったのよ。」
キリスト教信者にとって死は恐れや悲しみではなく、神様のもとへ召される喜びだともいうが、やっぱり悲しいものがある。 ・・・と私は思っている。 聖書の詩編を歌い、Uさんのために祈った時間は、今までのUさんとの関わりが深まった気がした。そこにUさんはいた。 |
05:24, Tuesday, Jun 10, 2014 ¦ 固定リンク
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